その他の司馬遼太郎さん作品について

 ウェブページで取り上げた司馬さんの作品以外に読んだものについてもここで紹介したい。

 まずは小説『菜の花の沖』について
 高田屋嘉兵衛。日本史を学んだ人でも覚えているかいないかのような人物であるが、覚えているとすれば、19世紀初頭のいわゆる『ゴローニン事件』での人質というイメージが強いはずだ。
 その嘉兵衛の生涯を、6冊にもおよぶ長編小説に描いたのが『菜の花の沖』である。
 戦国時代や幕末の人物を描くには、読者に対して多くの説明は要らない。それはあまりにも有名な人物が多く、時代とリンクしてその人物をイメージされている方が多いからである。しかし、高田屋嘉兵衛という江戸時代後期の、しかも武士や芸術家ではなく、一介の船乗りを描くには、多くのページを割く必要があったはずだ。ゆえに、単行本で6冊にもおよんでしまったのであろう。
 また、司馬氏独特の閑話休題を駆使しているので、ストーリーは嘉兵衛だけにとどまらず、当時の蝦夷地開拓や、ロシア事情にまで話がおよんでいる。ロシア事情に関しては5巻丸々一冊がそれであった。このような作風が司馬作品の魅力であり、読者が夢中になる所以でもある。

 ところで、19世紀初めといえば日本では蝦夷地開拓が本格的なった時期であり、ロシアではピョートル大帝以来の膨張主義的政策がついにカムチャッカにまでおよんだ時期である。
 この時期に至ると、必然的に日露両国の接触、または衝突は避けられない状況であり、現にそうした状況が現出し始めた時期であった。ロシア使節レザノフの長崎入港や、その後のフヴォストス大尉らによる日本人への襲撃事件がそれであった。
 菜の花の沖では、これらの事件に関わる時代背景を詳細に分析しながら丁寧に記している。そして、こうした時代の流れが、ゴローニン捕縛事件そして嘉兵衛拉致事件につがり、物語は佳境へと進んでゆく。

 この『花の花の沖』の最後で司馬氏は、人種や言語の壁を越えた友情が、大きく立ち塞がる外交問題を解決させたことを強く訴えている。
 今に生きる私たちは、色々な意味で疑心暗鬼になりやすい。そうした私たちは、胸襟を開いた深い友情によって難題を克服することの重要性を『菜の花の沖』の高田屋嘉兵衛に学ぶべきではないだろうか。

 小説『殉死』
 この作品は、司馬さんが『坂の上の雲』を書き上げる前に発表した作品で、その内容は日露戦争の英雄である乃木希典を徹底的にこき下ろしているものだ。
 私自身、そこまで乃木大将を凡人扱いしなくてもいいのでないかと思うのだが、太平洋戦争に従軍した司馬さんの経験上それは仕方ないと思えたりもする。
 映画『二百三高地』と同様、人間乃木希典に迫った作品である。

 小説『覇王の家』
 徳川家康を稀代の模倣家として描いている作品。徳川幕府が庄屋仕立てと呼ばれる由縁を見事に捉えている。

 小説『豊臣家の人々』
 記事その1
 記事その2
 百姓の子から関白までのぼりつめた秀吉は、公家として”豊臣家”を興す。その豊臣家のメンバーとなった秀吉の親族たちが、家に翻弄される姿を描いた作品。
 弟の大和大納言秀長や、妹の駿河御前など卑賤の出でありながら、秀吉の親族がゆえに貴族として振舞わなければならない姿は、ある種の悲壮感すら感じる。
 天下人秀吉を近しい人物からの視点で描き、かつそれらの人々が翻弄される姿を見事に描いた読みごたえのある作品だ。