カテゴリー「文化・芸術」の18件の記事

2007/11/01

10月から東京国立博物館で「大徳川展」開催

明日、都内に出るついでに上野の国立博物館へ寄ってみようと思い、博物館のサイトを見ていたら・・・何と!
「大徳川展」
なるイベントが10月から開催されるとのこと。
江戸好きな私にとっては朗報である。

そして内容だが
将軍家・尾張家・紀伊家・水戸家に伝わる徳川家の至宝から選び抜かれた約300点の宝物を東京国立博物館に集めて展示する
と言う何とも贅沢なイベントだ。

オフィシャルサイトで確認できる展示物には

「この紋所が目に入らぬかぁー!」でお馴染みの
黒地葵紋蒔絵印籠 徳川(水戸)光圀所用

家康公が征夷大将軍に任じられた時に読み上げられた
宣旨 徳川家康征夷大将軍補任
※内大臣源朝臣と記されているが、家康は源氏を名乗るために家系図を吉良家から頂戴している。

そして家康公が臨終に際して「これを刃先を西国に向けて安置しておけ」と言い遺した
太刀無銘光世
※結局、260年後に外様として冷遇してきた薩摩・長州の西国雄藩に攻められるんだけど・・・。

などなど目玉宝物が多く展示されるとのことだ。
江戸マニアな方は是非足を運んで頂きたい。

大徳川展から話が逸れるが、徳川慶喜公の曾孫徳川慶朝さんが著した「徳川慶喜家にようこそ」は維新後に華族に列せられた徳川家の生活や価値観を垣間見る上でとても興味深い作品である。
慶喜公が撮影した写真なども掲載されており慶喜公の「その後」について興味のある方にはオススメの作品だ。

※江戸ブログにおいて2007年7月9日に投稿した記事です

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edoで庶民の生活をCG体験しよう

昨夜、ネットサーフィンをしていたら大変興味深いサイトを発見した。
その名も「edo」
管理人の方はこのサイトのコンセプトをこう述べている

現代の大半の人の江戸文化を正しく理解していません。 それは封建社会の仕組政治的歴史は学校教育により学びますが、 庶民の生活文化を学ぶ機会が少ないからでしょう。 またテレビの時代劇などの誤った時代考証の影響もあります。 そこで、現在で可能な限り正確に時代考証を再現し、 多くの人々に伝えたいと思いこの3DCG「江戸」を制作しました。

なるほど、私も江戸時代の政治については興味津々に率先して学んできたが、庶民生活については教わる機会も、自ら学ぶ機会も少なかった気がする。
よくよく考えてみれば江戸時代は循環型社会と呼ばれていていたので、大量生産・大量消費を繰り返している現代の私たちにとって江戸時代の生活は学ぶところは多いはずだ。以前ある著名な作家に方が「日本が一番美しかったのは江戸時代だった。」と語っているのを耳にしたことがある。それは当時の町並みが美しいとか、景色が美しいとか言っているのではなく、生活習慣なども含めて美しい時代だったと言いたかったのだと今になって気がついた次第だ。

さあCGで江戸の生活を体験してみよう!
edo 江戸

※江戸ブログにおいて2007年6月13日に投稿した記事です

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2007/05/10

浮世絵と実際の風景を比較する

以前からこのブログでも何度も取り上げている「浮世絵」。特に葛飾北斎の作品に関しては芸術の素人である私でさえ息をのむような美しい風景画を描ている。私が富嶽三十六景を国立博物館で見た時は北斎ワールドに完全にやられた。
そんな北斎の富嶽三十六景をはじめ、江戸中後期に多くの浮世絵画家たちが風景画を描いているのだが(これは寛政の改革の綱紀粛正の影響で美人画が描けなくなったことに由来しているらしい)どうやら実際、描いた場所から見える風景と作品の風景は違うものが多いらしく、江戸後期から明治時代に撮影されたそれらの場所からの写真と比較するとそれがよくわかる。
そこで、それを見比べることの出来るとても興味深いサイトを発見した。「Web 浮世絵」と言うサイトだ。ここには北斎と広重が描いた浮世絵と、実際の東海道などの古写真を同じページに掲載し、比較している。実際に見比べても「あぁ、かなり違うね。」と思ってしまう。ただ言えることは、彼らの浮世絵は、模写するために描かれたのではなく、芸術性を追求して描かれていることだ。もし彼らが模写だけに固執していたら、後世にまで伝えられる名作にはなっていなかったはずだ。
とにかく、とても興味深いサイトなので、訪れてみてはいかがであろうか。
ちなみに日本近代洋画の祖、高橋由一が名作「花魁」を完成させると、モデルとなっていた花魁が「私はこんなんじゃないわ・・。」と泣いて嫌がり、由一は「わしは見たままを描いただけじゃ。」と素っ気なく返したと言う。結局花魁は喜多川歌麿の浮世絵のような作風を期待していたのに、由一がリアルに描いてしまったためにショックを受けたのだろう。お気の毒に・・・。

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左が由一が描いた花魁で、右が歌麿が描いた美人画。全然違う・・・。

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北斎の「神奈川沖波裏」すげぇ波だな。でも実際にはどう見えたのか?いづれあの世で北斎に聞いてみることにする(笑)

こちらからアクセスしてみて下さい→Title

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2005/11/22

北斎展

以前からこのブログで何回か取りあげている「北斎展」。私も19日の土曜日、会場の国立博物館へ行ってきました。
世界中に散在する北斎の作品を、今回の北斎展のために東京へ集めたとのことで、会期中は約600点にもおよぶ北斎の作品を見ることが可能です。そのためか私が到着した午後2時過ぎの時点で待ち時間は40分に達していました。会期が1ヶ月以上もある北斎展ですが、この待ち時間からも、北斎の人気をうかがい知ることができます。
会場に入ると作品を観るための列が出来ており、私は列の最後尾にならび、この日展示されている約400点の作品を観て回りました。
全ての展示作品を観るのに要した時間は約2時間半、入場者が多いため終了時間が1時間延長された甲斐もあって、最後の方は列に押されることもなく、鑑賞することが出来ました。
この日、北斎展で展示されていた作品を観て、私が持っていた北斎=浮世絵チックな風景画と言う固定観念は覆されました。北斎が若き日に習得した文化文政時代の浮世絵で用いられた技法に、陰影法・遠近法と言った西洋の技法を加えることで、独自の作風を形成し、富嶽三十六景につながっていく流れがわかったからです。
葛飾北斎と言うひとりの絵描きが、あらゆる特徴を持っているため、複数の絵描きが集まって北斎として作品を発表している。そんな錯覚さえ感じた北斎展でした。
博物館から出ると、辺りは薄暗い照明と月明かりだけの暗がりになっていました。日没が早いこの時期ですが私の心の中には、北斎と言う大きな太陽が輝き続けていました。
何ともクサイ台詞ですが、とにかく北斎の作品にはとても感動した次第です。また博物館に行ける方で興味のある方にはこの北斎展を是非おすすめします。

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晩年の葛飾北斎は信州に住み、この「塩鮭と鼠」のような写術的な作品を完成させている。私も北斎展に行くまでは「浮世絵チックな風景画家」のイメージを強く持っていたが、こうした作品を目の当たりにして、北斎の創作能力の高さに脱帽した。


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2005/11/07

東京国立博物館 北斎展

先月の25日より東京国立博物館において北斎展が開催されております。この展覧会は幕末から明治にかけて世界中に散ってしまった北斎の画を、現在収蔵している大英博物館やその他有名博物館から約500点以上も東京へ運び展示すると言うのものです。北斎ファンにとってはたまらない企画でしょう。
葛飾北斎と言えば富嶽三十六景をイメージする人は多いはずです。現に私もそうなんですから。ただ北斎は風景画だけを書いていたわけではありません。彼の長い人生(90年!)において、絵師として出発した当初は、役者絵で有名な勝川春章の門に入り、北斎自身も役者絵を描いていたのです。やがて、長崎にオランダの銅版画の技術が入ってくると、北斎はその技法を習得するため遠近法の研究に没頭します。また、当時の日本画では対象物に影を描くことはありませんでしたが、北斎はそうした概念に囚われず立体感を出す為に陰影法なども研究し、ついに独自の風景画スタイルを確立させるのです。その集大成が富嶽三十六景だったのでしょう。
と簡単にではありますが、北斎と言う画家がどのように画に対して取組んでいったはわかっていただけたでしょう。人生50年と言いますが、その倍近くを生き、その歳月をかけ独自のスタイルを確立した北斎は、日本が世界に誇れる画家と言えるではないでしょうか。

fugaku36-2
北斎と言えばこれ。「神奈川沖波裏」です。今回の北斎展でも11/13まで展示されているそうです。

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2005/11/03

記事「江戸時代の食事」に関連して

当ブログで3月に取り上げたテーマに「江戸時代の食事」と言う記事がありました。これに関連して面白い展覧会を見つけたので紹介したいと思います。
先月28日から滋賀県彦根市の彦根城博物館で、江戸時代の彦根の食文化を紹介するテーマ展「彦根の食文化」が開催されています。内容は江戸時代の武士や町人などの各層による食生活の紹介、井伊家の専任料理人の仕事(藩主への献立や使用した彦根の食材)、町人の宴会料理メニュー・豆腐料理のレシピなどの紹介etcとなっています。
私は関東地方在住のために行く事が出来ませんが、お近くに住まわれていて興味のある方は行かれてみてはいかがでしょうか?
(追記)
当ブログのテンプレートを「ウォームビズ」にしました。地球温暖化は現在進行形の人類最大の問題であり、また汚点でもあります。住みやすい環境を少しでも取り戻すために私もこの「ウォームビズ」に協力していこうと思います。

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2005/10/25

亜欧堂田善 浅間山

お久しぶりでございますm(_ _)m
私事ではありますが、10月中旬より就職活動をしておりまして、ブログへの書き込みを疎かにしてしまいました。ちょっと言い訳っぽくなりましたが、今後も「日本史探求」を宜しくお願いいたしますm(_ _)m
さて、今回はおなじみの東京国立博物館の展示品から亜欧堂田善の「浅間山図屏風」を取り上げたいと思います。
亜欧堂田善・・・変な名前ですね。この方は江戸の文化年間を生きた画家で、作品などはよく教科書にも載っているので名前を耳にした方もいらっしゃることでしょう。本名は永田善吉と言うらしく、「田善」はそれを略したものだそうです。まあ経歴を話すと長くなるので簡単に説明します。
生来才能あふれる画家だった田善ですが、その名を世に知られるきっかけは寛政の改革で有名な元幕府老中で白河藩主の松平定信が寛政6年(1794年)におこなった領内巡視の時でした。巡視の途中に田善の「江戸芝愛宕図」が目にとまり、田善は定信の御用絵師であった谷文晁に入門するのです。「浅間山図屏風」(写真)はその田善の代表作と言える作品です。
写真で見ていただいてもわかるように、とても写実的な作風でありつつも古来からの日本画の影響を受けた美しい作品と言えるでしょう。これ以外の亜欧堂田善のすばらしい作品をこの目で見てみたいものです。

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まさかこの名作を生で見れるとは思いませんでした。

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2005/10/01

黒田清輝「読書」

数ヶ月前に東京国立博物館へ行った際のこと、数多く並ぶ日本画の中に一点だけ洋画が展示されていました。画の作者は黒田清輝、1895年の内国勧業博覧会で自らパリの展覧会で入選した『朝妝』(ヌード画)を出品し、裸体画論争を引き起こした経緯を持つ明治日本を代表する画家です。
写真の展示作品は「読書」と言う作品で、黒田がフランス滞在中に描いたもので、とても明治初期の日本人が描いた作品とは思えないほど対象の描写を見事に捉えた名作であります。
元々黒田は法律を学びにパリへ行ったのに、いつの間にか絵画に夢中になったらしいです。華族の道楽息子の趣味が高じて一流画家となった。黒田とはそんな人物だったかもしれません。でも一流を極めるとはいかなる理由であれ尊敬に値します。

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黒田清輝作「読書」。画の中の女性が真剣な眼差しで読み入っている本とは一体何なのでしょうか?

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2005/08/09

夕顔棚納涼図屏風

tokyonationalmuseum2005写真(暗くて見難いですが)の絵は、先日東京国立博物館において撮影した江戸時代の代表的な絵師久隅守景の作品「夕顔棚納涼図屏風」です。「夕顔棚納涼図屏風」は学生時代に教科書でご覧になった方も多いと思いますが、江戸初期の代表的な絵画として評価が高く、今でも高い人気を誇っています。来館された方の中には、この作品をお目当てに来たと言う方もいて、その人気を知る事ができます。
久隅守景は元々狩野派の絵師だったようですが、破門されてしまったようです(理由は定かではありません)。その後守景は庶民の生活に根付いた作品を書き、この「夕顔棚納涼図屏風」を完成させます。
絵の説明ですが、夕顔とは瓢箪のことで、その瓢箪の下で、夕涼みをしている家族の様子を描いています。また大きく描かれた月は、この家族の満足感を表現しているのかもしれません。
私はこの絵を見ていると日常の中には、ふとした事で、幸せを感じることができる瞬間があるのかなと思ったりします。納涼図屏風は本当にほのぼのとした優しい絵ですね。

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2005/05/17

ゴッホも影響を受けた「ジャポニズム」

200515日の日曜日、知人から誘われて東京国立近代美術館で開催されている「ゴッホ展」へ行ってきました。
正直な話、この展覧会へ行くまでゴッホと言う人物がどこの国の人物で、どの時代を生きたかなどは知らず、油絵で「花魁」と「ひまわり」を書いた人と言うだけの知識しか持ち合わせていませんでした。
電車で約1時間、美術館に到着するとすごい長蛇の列!どうやら会場に入るには1時間半は待つようです。結局この長蛇の列に加わり、知人にFP(ファイナンシャルプランナー)の問題を出題してもらいながら時間を潰し、ようやく会場まで辿り着きました。
「興味がないから退屈しちゃうかな・・・。」と思いつつ足を進めていくと、とっ、とんでもない!ここに展示されているゴッホの作品に夢中になってしまったのです。特にゴッホの作品が非常に日本の浮世絵の影響を受けていたと知り、かなりのサプライズ!「ゴッホって絵は下手なのに感受性がすごい!しかも日本に影響を受けていたとは!」と感動しました。(「花魁」以外にも「夜のカフェテラス」でも浮世絵の手法を取り入れているようです。)
と言う事で少し無理矢理ですが、今回はこのゴッホも影響を受けたヨーロッパでの日本ブームについて取り上げてみたいと思います。
ヨーロッパでの日本ブーム、それを「ジャポニズム」と言うそうです。日本の美術や工芸がヨーロッパに知られるきっかけは、1867年に開催され、日本(幕府・薩摩・肥前)が初めて参加した、パリの万国博覧会です。万博閉会後に出品物が売却され、このことによって、フランスにおいて日本の芸術が流行したと言われています
また、ゴッホが画家として活動した1870年代後半から1880年代にかけてが特に「ジャポニズム」隆盛の時代で、1886年にはフランスの雑誌「パリ・イリュストレ」が日本特集号を発行し、その表紙を元にゴッホが「花魁」を完成させたと伝えられています。
その他にも「ジャポニズム」に影響を受けた画家としては、マネ・モネ・ドガなどが有名で、主として前衛的な画家たちがジャポニズムを取り入れたようです。
考えてみると日本でゴッホの人気が高いのは、その作品に我々祖先たちが築き上げた伝統(祖先の用いた技法)を見る事が出来るからかもしれませんね。

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