小説『世に棲む日日(一)~(二)』
狂。
平和な世の中に生きる私たちがこの一字を目にするとき、恐ろしい、もしくは不快なイメージでとらえるだろう。常軌を逸した何かがその一字には秘められている。
しかし、動乱の時代においては、狂という気運が時代を一変させる力となることを私たちは歴史の中で無意識に知っている。それは平将門の戦乱しかり、織田信長の天下布武しかりだ。そして何と言っても極めつけは幕末の尊皇攘夷という思想ではないだろうか。
司馬遼太郎は、小説『世に棲む日日』において、この狂に目覚め狂に殉じた人物を描いている。
吉田松陰と高杉晋作、彼らは『狂』という情念を加熱させて明治維新への原動力に変化させた。この二人の生きざまを描いたのが『世に棲む日日』である。
司馬さんは、思想というものと吉田松陰の関係について作品の中でこのように述べている。
思想とは本来、人間が考えだした最大の虚構ー大うそーであろう。松陰は思想家であった。かれはかれ自身の頭から、蚕が糸をはじき出すように日本国家論という奇妙な虚構をつくりだし、その虚構を理論化し、それを結晶体のようにきらきらと完成させ、かれ自身もその「虚構」のために死に、死ぬことによって自分自身の虚構を後世にむかって実在化させた。これをほどの思想家は、日本歴史の中で二人といない。
江戸時代末期、吉田松陰が唱える尊王や国家論は狂気そのものであった。江戸幕藩体制が250年近く続き、松陰の思想がこの国の既成概念から逸脱したものにとらえられた。
しかしその狂気の思想がペリー来航以降、厳然たる国家観としてとらえられ、それが尊皇攘夷という倒幕運動のエネルギーにまで醸成されてゆく。そして高杉晋作が、松陰の虚構を体現してゆく実践者となる。
『世に棲む日日』の1巻と2巻では、吉田松陰の思想家への道程と、さらには高杉晋作がその思想の実践者になる前の葛藤を描いている。平和な時代に生まれていたら狂人と呼ばれさげすまれていたであろう松陰と、同じく上士高杉家の御曹司として藩の良吏として一生を終えたはずの晋作。2人の人物像を、幕末の時代背景とさらには彼らの交友関係を織り交ぜながら見事に描き出している。
3巻以降は、晋作が長州藩における尊皇攘夷の牽引者としての活躍を描いているのだが、それについては読了してからあらためて記事にしたい。
その時に、尊皇攘夷という狂気の思想が、維新への原動力と醸成されてゆく過程を、この作品(司馬史観)を通じて考えてみたいと思う。
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