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2009/10/21

保守からみた司馬史観

 司馬史観。
 司馬遼太郎さんの歴史考察はこう呼ばれている。私自身もこのブログで再三司馬史観を記事にしている訳だが、最近この司馬史観に関して保守系知識人から異論が出ているようだ。
 その話の前に少々私が司馬史観をどう思っているのかを述べさせてはしい。
 司馬史観は歴史学ではなく、あくまでも司馬遼太郎という一個人の思想であり、実際には司馬『私』観と呼ぶ方が正しいであろう。
 しかし、司馬遼太郎さんが国民作家としての地位を築いたがゆえに司馬史観が歴史学上の事実のような捉え方をする向きがある。
 私は、司馬史観を人生の教科書と捉えて読み、そして学んでいる。要は歴史を通じた道徳の教本として司馬作品を読んでいるのだ。
 その中にも私が司馬史観に異論を唱えたいものもある。例えば乃木希典愚将論や、勝海舟を開明的幕臣と捉える考えなどだ。
 乃木希典は確かに旅順攻略に苦戦した。さらには白襷隊という愚行としかいいようのない部隊を編成して無駄な肉弾戦を実施した。
 反面、乃木の統帥力に目を向けると、彼の司令の下に無垢なまでに従順であった部下が、乃木を信じて旅順で戦ったし、旅順艦隊を攻撃するために、正面攻撃と併用して港に砲撃を仕掛けている。
 私は、乃木が下地を作っていたからこそ、児玉源太郎の作戦が203高地を陥落させることに成功したと思う。司馬さんのいうような愚将であるとは思わない。
 勝海舟のことだが、司馬さんは彼を非常に高く評価している。果たしてそうだろうか。
 勝は幕府の海軍力の強化や、江戸城無血開城には尽力した。しかしそれだけで終わってしまい、西郷隆盛のような時勢を操るほどの力量は持ち合わせていない。私から言わせれば勝海舟ごときは単なるネゴシ好きなオッサンだろう。

 話を本題に移したい。
 保守系知識人が司馬史観を問題にしているのは『明るい明治』と『暗黒の昭和』という描き方についてだ。
 司馬史観を歴史学として捉えた場合、それは確かに極端な対比であり、保守系知識人の方々にとっては面白くない。しかし、くどいようだが、司馬史観は司馬私観であり、歴史学ではなく小説である。そこを保守系知識人の方には考慮してもらいたい。
 また、司馬さん自身がいわれているように、司馬さんは戦前の事象の否定のために18歳の自身に向けて小説を書いている。それを考えた場合、必然的に明治の肯定と昭和の否定で結ばれるは仕方ないことだろう。

 最後になるが、保守系知識人の方が司馬遼太郎は攘夷を無謀な思想と断じていると語られているが、それには異論を述べたい。司馬さんは攘夷を変革のエネルギーとして描いている。それは小説『花神』を読んで頂ければわかるはずだ。

 と司馬史観について述べさせてもらったが、これだけ司馬遼太郎という人物が死後13年を経ているにもかかわらず、多大な影響力を持っていることに、私は驚きを感じた次第でる。
 まだ司馬さんの小説を読まれてない方には、ぜひ一読されることをおすすめしたい。

 チャンネル桜 富岡幸一郎氏の「司馬史観に異議あり」動画。
 保守系知識人からみた司馬史観として大変参考になる動画である。

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