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2009年7月の1件の記事

2009/07/26

邪馬台国論争”@nifty投票”の結果

 「邪馬台国。実際そのような名前の国は存在しない。」
といえば大げさかもしれないが、邪馬台国という呼称は”魏志倭人伝”に記されていただけで、日本列島に住む人々はそんな呼び方をしていない。また、邪馬台国と呼ばれるクニを、日本列島に住む人々がどれだけ知っていたかについても、今となっては知る術もない。

 この邪馬台国と呼ばれるクニが一体どこにあり、どのような発展(衰退)をたどったのかという議論は、高名な学者から在野の研究者までの間で尽きない話であろう。しかしその所在地さえハッキリすれば、邪馬台国の実像というもがぼんやりと見えてくるのではないだろうか。
 私の思い込みかもしれないが、近畿であればヤマト王権のベースとなったクニであり、九州であればヤマト王権に従属したクニである可能性が高い。その見極めが困難なために、逆に邪馬台国論争がロマンとして取り上げられる訳だ。
 では邪馬台国が一体どこにあったのか、当ブログを閲覧された方々にそれを問うてみた。結果は以下のとおり。

九州説:37票 (37%)
近畿説:46票 (46%)
その他の地域:7票 (7%)
日本国外の地域:4票 (4%)
そもそも邪馬台国など存在しない:6票 (6%)

 箸墓古墳における調査結果の影響か、近畿説が一番高い得票数を得た。次いで九州説である。朝鮮半島から伝わった文明を濃厚に受け入れたであろう九州地方のクニが、魏志倭人伝を記した中国と交流が深かった可能性は高く、その背景から”邪馬台国=九州地方”は十分に考えられる話かもしれない。
 私自身は再三話しているように近畿説を支持しているのだが、その支持は正直まだ確信には至っていない。
 炭素年代法による調査や、三角縁神獣鏡の大量出土などの物証は近畿説であることを物語っている。いや、これは単にヤマト王権の原型が近畿に存在したことだけの物証であり、邪馬台国の所在とは関係のない話かもしれない。
 このように、考え出したらキリがない。それが邪馬台国論争なのだ。

 色々な意見や主張がある邪馬台国論争だが、所在地判明こそが日本の起源を知る重要な要素であることは言うまでもない。
 今後もこの邪馬台国論争を興味を持って見守ってゆきたい。

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