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日露開戦を考える

 マイケル・ジャクソンが死んだ。死因は薬物の多量摂取と伝えられている。
 私は彼を見るたびに、コンプレックスという言葉が頭を過ぎる。特に人種というコンプレックスをだ。
 アメリカは多くの人種が存在する国であるのはいうまでもない。しかし、十数年前までは白人優位の社会であり、黒人の大統領が誕生するなど考えられなかった国であった。
 アメリカに暮らすマイケルは、私たちが考えるよりも濃厚に人種の壁というものを痛感していたに違いない。彼がスターダムに伸し上がれば上がるほど、その考えは強くなったであろう。それを彼の変化する外見が物語っている。
 白人は、有色人種に対して自制心が働かない。おそらくはマイケルに対してもそうであり、私たち日本人に対してもそうだ。

 話を1853年に移す。この年、アメリカのペリーが来航し日本は西洋を肌で感じるようになった。当初はそれが忌まわしく映り、やがて攘夷というエネルギーに変化する。
 攘夷が無謀であることを知った日本は、明治維新を経て文明開化の道を歩む。文明は西洋から齎され、文明の進化は帝国主義への道を進むことであった。また、その道を歩まなければ、極東の小国である日本は西洋列強に侵食されていただろう。
 帝国主義による膨張は、日本が生存するための手段であり、そこに悪意は存在しなかった。しかし、西洋列強はそれを成り上がりと見た。西洋列強にとって日本の成り上がりは悪であり、それが観念として固定されていった。
 日清戦争により中国での利権を得た日本へ、ロシアを中心とする列強は躊躇うことなく容喙した。前述した彼らの固定観念がそれを正義としたのだ。
 ロシアは彼らの正義である南下運動を推進すべく、日本への軍事的抑圧を強める。それは日本にとって存続の危機であった。この南下運動を抑えるにはロシアと戦うしかない。日本は帝国主義を推し進めるためではなく、国を守るためにロシアと戦った。

 と、今まで記したことはマイケルの思考と無関係ではない。マイケルと日露戦争時の日本を同一視するのは少々無理があるとは思うが、当時の日本人の思考は西洋列強の観念に抵抗するものであり、それは極端とは言い難いほどに無垢で正しい抵抗であった。
 故司馬遼太郎氏は、小説『坂の上の雲』にこう記している。

 

 それにしても東京裁判においてインド代表の判事パル氏がいったように、アメリカ人があそこまで日本を締めあげ、窮地においこんでしまえば、武器なき小国といえども起ちあがったであろうといった言葉は、歴史に対するふかい英知と洞察力がこめられているとおもっている。アメリカのこの時期のむごさは、たとえば相手が日本ではなく、ヨーロッパのどこかの白人国であったとすれば、その外交政略はたとえおなじでも、嗜虐的(サディスティック)なにおいだけはなかったにちがいない。文明社会に頭をもたげてきた黄色人種たちの小僧憎さというものは、白人国家の側からみなければわからないものである。
 1945年8月6日、広島に原爆が投下された。もし日本と同じ条件の国がヨーロッパにあったとして、そして原爆投下がアメリカの戦略にとって必要であったとしてもなお、ヨーロッパの白人国家の都市におとすことはためらわれたであろう。
 国家間における人種問題的課題は、平時ではさほどに露出しない。しかし戦時というぎりぎりの政治心理の場になると、アジアに対してならやってもいいのではないかという、そういう自制心がゆるむということにおいて顔を出している。
 1945年8月8日、ソ連は日本との不可侵条約をふみにじって満州へ大軍を殺到させた。条約履行という点においてソ連はロシア的体質とでもいいたくなるほどに平然とやぶる。しかしかといってここまで容赦会釈ないやぶり方というものは、やはり相手がアジア人の国であるということにおいて倫理的良心をわずかしか感じずにすむというところがあるのではないか。

 司馬氏がこう記したように、日本がおかれた立場を考えると、日露開戦は回避することは不可能であり、日本にとっては選択の余地がなかったであろう。
 戦後史観によって日露戦争は侵略戦争であると定義されているが、白色人種による人種差別的思考が日本を追い込んだことを、私たちは知るべきである。

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