« 箸墓古墳の卑弥呼陵墓説についての続報 | トップページ | 小説『覇王の家』 »

2009/06/01

纏向遺跡古墳群の調査結果

 ご存知のように箸墓古墳の被葬者が、どうやら卑弥呼ではないかと報道されている。さらに今日、纏向遺跡の古墳群に関しても邪馬台国との関連性を思わせる調査結果が出た。
 纒向石塚古墳から出土した炭化物を測定してみたところ、結果は箸墓古墳と同様に3世紀前半の炭化物であるという。そしてその古墳が卑弥呼の側近であった人物の墓ではないかのかと伝えている。こうした科学的な調査により邪馬台国は近畿地方に存在した可能性が高いと記事では締めている。
 しかし、邪馬台国が近畿に存在したと確信するのは早計であろう。確かに3世紀前半に纏向を中心とした地域に大規模な勢力が存在したことは間違いない。しかも、その勢力が後のヤマト王権につながった可能性も高いであろう。ただ、魏志倭人伝に記されている邪馬台国が、その大規模勢力を指していたかどうかについては『魏』との関わりを証明する証拠がなければ断定できないはずだ。
 もし、近畿地方のある場所から、『親魏倭王』の金印でも発見されれば、邪馬台国の所在地を近畿と確定できるのだが、そうした確証が未だ発見されていない段階で、邪馬台国は纏向を中心に存在し、箸墓が卑弥呼の古墳であったと報道してよいものかが甚だ疑問である。

 邪馬台国近畿説を否定するような話をしてしまったが、私自身は今も近畿説を支持している。しかし、議論の流れが近畿であると決めてかかってしまうと、多くの研究者や古代史ファンの探究心が失せてしまうような気がしてならない。
 邪馬台国に関する資料が少ないからこそ、多くの意見を出し合って確証を見つけ出すことが重要だと考えている次第だ。

 最後に、冒頭で取り上げた話に関する新聞記事をここで紹介したい。 

纒向遺跡の古墳群、卑弥呼側近を埋葬か 「畿内説」の根拠に

 邪馬台国の最有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡内に集中する纒向石塚古墳(前方後円墳、全長96メートル)など国内最古級の古墳3基について、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の研究グループは31日、「放射性炭素年代測定法」によって3世紀前半の築造とする見解を発表した。女王・卑弥呼が擁立され、邪馬台国が隆盛した時期とほぼ合致し、邪馬台国畿内説を科学的に補強する資料として注目されそうだ。

 早稲田大学で同日開かれた日本考古学協会総会で報告された。

 纒向石塚古墳については出土した炭化物の残存炭素量を測定した結果、西暦200年ごろの築造と推定。土器の形式変化から年代を割り出す考古学的手法では2世紀末~3世紀前半で、約50年間の幅があったが、今回の分析結果によって年代がさらに絞り込まれることになった。

 また、約200メートル西にある矢塚古墳(同、全長96メートル)は220~260年ごろ、矢塚古墳の南約300メートルに築かれた東田大塚古墳(同、全長120メートル)は220~240年ごろの築造の可能性が高いという。

 研究グループは、卑弥呼の墓ともいわれる箸墓古墳(同、全長280メートル)について、卑弥呼の没年(248年ごろ)と合致する240~260年築造との見解を出しており、纒向遺跡内の最古級の前方後円墳は(1)纒向石塚古墳(2)矢塚古墳、東田大塚古墳(3)箸墓古墳-の順に築造された可能性が高いとしている。

 炭素年代測定法は数十年単位の誤差が出やすいとの批判もあるが、研究グループの春成秀爾・国立歴史民俗博物館名誉教授(考古学)は「多くの資料を分析することで年代を絞り込むことができた」と精度の高さを強調。纒向石塚古墳などの被葬者については「卑弥呼はまだ生きていた時代なので、彼女を支えた有力者の墓ではないか」としている。

 邪馬台国について中国の史書「魏志倭人伝」などによると、2世紀後半に卑弥呼が擁立され、239年に中国に朝貢するなど3世紀前半を中心に隆盛したとされている。

 産経新聞 5月31日

邪馬台国に関するアンケートですが、まだ続けていますので、ご協力よろしくお願いします。


banner_04人気ブログランキングへ協力お願いします。

|

« 箸墓古墳の卑弥呼陵墓説についての続報 | トップページ | 小説『覇王の家』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91558/45201080

この記事へのトラックバック一覧です: 纏向遺跡古墳群の調査結果:

» ケノーベルからリンクのご案内 [ケノーベル エージェント]
桜井市エージェント:記事ダイジェストをGoogle Earth(TM)とGoogle Map(TM)のエージェントに掲載しました。訪問をお待ちしています。 [続きを読む]

受信: 2009/06/02 09:07

« 箸墓古墳の卑弥呼陵墓説についての続報 | トップページ | 小説『覇王の家』 »