司馬遼太郎さんの作品に学ぶ
私は、司馬遼太郎さんの作品に出会えたことを幸せに感じている。そう、目から鱗が落ちるとでもいうべきだろうか。
歴史は人間が築く。その人間に身分などなく、熱意と才能が歴史を動かすことを司馬さんの作品を通じて学ぶことが出来た。
江戸時代末期の人物である高田屋嘉兵衛を描いた『菜の花の沖』では、国家間の紛争は”友情”で解決できることを私たちに伝えた。
難解な問題でも、熱意を持つことで解決できるのだと司馬さんは読み手に伝えているのだろう。
『花神』では、日本初の蒸気機関設計に携わった宇和島の堤燈張り嘉蔵(かぞう)を高く評価した。
嘉蔵の才能を埋もれさせた江戸封建社会体制を批判した上で、人間が持っている何かしらの才能を社会全体で掘り起こすことの重要性を訴えている。
徳川家康とその家臣団を描いた『覇王の家』では、現代人には地味で陰湿なイメージの家康を”模倣の天才”と評価し、模倣であっても組織の運営に有効なものは積極的に取り入れることの重要性を説いている。
話し出すと切がないので、この辺りでやめておくが、司馬さんの作品は人間が人間であることの意義と、歴史の中の人間ではなく、人間が築いた歴史ということを伝えている。
歴史を観るときに、断片的な事実(資料)に拠ることは決して否定しないし、それはそれで重要だと思う。ただ、歴史の中にはその過程を歩み、またはその歩む道を切り拓いた人間がいたことを私たちは忘れてはならないだろう。
ちなみに、週刊『司馬遼太郎』という書籍がある。
司馬さんが歴史の中から人間を掘り起こす作業を、司馬さんの関係者の視点から観てゆく内容で、司馬遼太郎ファンの方なら一読される価値はあるはずだ。
また週刊『司馬遼太郎』では司馬作品の舞台となった土地も取材しているが、『菜の花の沖』の舞台になったペトロハブロフスクの写真はとても美しく、その画は今でも脳裏の残っている。
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