箸墓古墳の卑弥呼陵墓説についての続報
昨日、箸墓古墳が卑弥呼の陵墓である可能性が高いと報道がされたが、なぜか考古学に関する報道が多い毎日新聞が沈黙していた。
毎日新聞といえば、この一件(http://www9.atwiki.jp/mainichiwaiwai/)により報道の信頼性を失墜させ、各方面で忌み嫌われている新聞社である。しかし、私はその問題と毎日新聞の考古学に関する報道は分離して考えているので、今回の箸墓古墳に関してどのように論評してくるのかと期待して待っていた。
そして先ほど、Yahoo!ニュースに毎日の記事がアップされたので、以下その記事を引用したい。
箸墓古墳 歴博が「卑弥呼の墓」説 築造時期などから
国立歴史民俗博物館(歴博、千葉県佐倉市)の研究グループは31日、古墳時代の始まりを示す箸墓(はしはか)古墳(奈良県桜井市)は240~260年に築造されたと、東京・早稲田大であった日本考古学協会の研究発表会で報告した。247年ごろとされる邪馬台国の女王・卑弥呼の死亡時期と重なるため、邪馬台国所在地論争の点で注目される。しかし、この測定結果によって箸墓を卑弥呼の墓とするには問題が残り、数値が独り歩きすることへの懸念がある。
発表後、司会者の同協会理事が「(発表内容が)協会の共通認識になっているわけではありません」と、報道機関に冷静な対応を求める異例の要請を行った。
歴博グループは、放射線炭素年代法によって全国で出土する土器に付着した炭化物を中心に年代を測定。箸墓でも、築造時の土器とされる「布留(ふる)0式」など16点を測り、この前後につくられた他の墳墓や遺跡の出土品の測定結果も総合して240~260年を導いた。
発表者の春成秀爾(ひでじ)・歴博名誉教授は「この時代、他に有力者はおらず、卑弥呼の墓が確定的になった」と述べた。
しかし、土器付着炭化物は同じ地点から出た他の資料に比べ、古い年代が出る傾向がある。
中国の史書「魏志倭人伝」では、卑弥呼の墓は円形とあって前方後円墳の箸墓とは異なるなど、文献上からも問題があり、会場からはデータの信頼度などに関し、質問が続出した。
毎日新聞 5月31日
どうやら毎日新聞は慎重論である。以前から邪馬台国近畿説に関し、慎重な論評を続けていた毎日の性格を考えれば当然かもしれない。
読売や産経は比較的近畿説関連の発見に肯定的であるのだが、毎日は畿内説に関して論評そのものが面白くなさ気であるように思う。いや、実際に面白くないのかもしれない。今後この箸墓古墳や纏向遺跡などで歴史的な発見がされた場合、毎日がどのように報道するのか、ある意味楽しみだ。
このように、新聞各社によってその立場や論調が違うことは、多くの意見を出し合うことになり、それにより議論が盛んになる訳なので、今後も各社とも独自の論調で”邪馬台国論争”を報じてもらいたい。
最後に、前回の記事でもお願いしました邪馬台国に関するアンケートですが、まだ続けていますので、ご協力よろしくお願いします。
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